出し方を間違えると
こんな悲惨な結末が待っている
これは、私が身近に体験した大変悲惨な事例です。
30数年前、田無市(現:西東京市)の零細企業S社の実例です。
特許出願は、出し方を間違えると、弁理士への頼み方を間違えると、ライバルに知恵を与える結果になるばかりか、与えた知恵が牙を剥いて自分に襲い掛かってきます。
よく読んで参考にして下さい。
今から30数年前といえば、敗戦から20年。
日本経済も力をつけ、昭和39年、東京オリンピックを開催できるまでになった頃です。
オリンピックでは、体操・レスリング・柔道・ボクシング・重量挙げ・バレーボールが大活躍し、金メダルだけで16個も獲得しました。
また、時効が成立してしまいましたが、昭和43年には、府中市で「3億円強奪事件」のあった頃です。
これから書く「窓用換気扇」は、私にとって忘れることができない事件でもあり、出し方を間違えたときの特許権の恐さを思い知らされる事件でもありました。
当時は、一般家庭は勿論のこと、大企業でさえ空調設備なんていう気の利いたものはなく、事務所でさえ扇風機オンリーでした。
室内換気はせいぜい窓の開け閉めだけで、一部は、壁に孔を開けて換気扇を取付ける程度でした。
こんな時代にS社のO社長が、窓を閉めたまま換気ができる「窓用換気扇」を開発したのです。
この「窓用換気扇」は、既存の窓にワンタッチで取付けられるものです。
当時としては、画期的な商品でした。
図1
図1は、S社の出願した「窓用換気扇」です。
上方に枠にはまった換気扇があります。
この換気扇の両側に伸び縮みできる2本の支柱が垂れ下がっています。
換気扇の下の2本の支柱の間には、ボードが取付けられています。
当時の日本の経済力では、この程度の商品なら一般家庭でも手の届く商品だったのです。
当時の過程電気店はまだ未整備で、〇〇電気店、△△ラジオ店などのパパ・ママストアーが幅を利かせておりました。
こんな中、S社は、建材店ルートを開発し、「窓用換気扇」が、順調に売上を伸ばし始めました。
この様子を松下、三菱、東芝、日立などの家電大手が黙って見過ごすはずがありません。
各社から一斉にサンプル出荷の要請を受けたO社長は、大手の何処かと取組めるようになると、取らぬ狸の皮算用でホイホイとサンプル出荷に応じていました。
当時は、まだ特許の出願公開制度がないにもかかわらず、特許制度を理解していない社長は、特許出願の明細書もドンドン見せていました。
知らないとは恐いものです。
順調な出だしとサンプル出荷の要請に調子に乗ったO社長は、借入金を増やし設備も増強しました。
ところが、サンプルと特許の明細書を見た大手家電各社は、請求項(特許権の権利を主張する内容を書く欄です)の弱点を突いた「窓用換気扇」を一斉に発売したのです。
大手家電各社のサンプル出荷の要請の目的は、ここにあったのです。
最初からS社と提携する意思など全くなかったのです。
結果論ですが、それを見抜けなかったO社長の大ミスでした。
大手家電各社の発売した「窓用換気扇」は、S社の「換気扇の両側に垂れ下がる伸び縮みする支柱のない換気扇」です。
「特許の落し穴」を読んだあなたは、もうお気付きでしょう。
請求項に書かれた部材のうちの1点でも無くした商品は、特許権に触れないのです。
大手家電各社に文句を言っても全く話に乗ってきません。
当然です。
最初からそれが目的なのですから。
法的に手を打てないのです。
大手家電各社の「窓用換気扇」は、デザインも性能も格段に優れています。
商品力が全く違います。
図2は、大手家電各社の「窓用換気扇」です。
図2

S社の「窓用換気扇」から「支柱」をなくしただけです。
一方S社の商品力の劣る「窓用換気扇」は、急激に売上を落とすだけでなく、大手家電各社の「窓用換気扇」を見た建材ルートからは返品の山です。
その上、S社は、設備投資で生産力の向上しています。
自由経済の元、資本の理論は苛烈です。
当時も今も代りありません。
これでもう、勝負あったり。
お父さんならぬ倒産です。幼稚園児と乳飲み子を抱えたO社長は、夜逃げ同然の引越しでした。
